忙しい時の方がブログ書きたくなるのはなんなんだろうな。
まあウイスキーを呑みながらひとまず紀伊國屋を語る
年末、東京から帰省してきた友人と飲みながら、Amazonよりも紀伊國屋書店で本を買うようにしているんですよという話をした。
大げさな言い方になるが「ずっとそこにあってほしい店」と共に生きて行けるよう、出来る範囲で選んで行きたいと。
俺としては、ちょっと出かけたときに本を眺められ選べる場所が欲しい。
HONZに代表される数々の書評で知る本や、流行の情報、興味関心のある分野、カメラに狩りにサッカーに、様々な本はいつだって欲しい。
俺の世界を俺のペースで広げてくれるものの多くは本だ。
子ども時代の本屋の特別感はすごくて、連れていって貰うたびにどきどきしていた。
意味も分からない題名が並んでいるコーナーを歩き回ってうっかりエロ本コーナーに立ち入ってドキドキしたり、
小学生だったらずっこけ三人組や三毛猫ホームズに江戸川乱歩に少年マンガ、
確か中学生になった頃、銀河英雄伝説というどこにも隙のないタイトルだけで買った小説にドハマりして小遣いをコツコツ溜めたり、
今思えば本屋と言うのは、大人も子どももそれぞれ同居して、そうは言っても境界があいまいな、希有な世界ではなかったかと思う。
紀伊国屋が好きなのは何故かと言われるとうまく答えられないけど、
スケール感とか、一生懸命、本の文化を提案しようとしているところは凄く好感がもてる。
書評サイトのHONZとタイアップしたコーナーなんか、全国に何カ所も無いのに富山でやっているところが嬉しい。
正直言って紀伊國屋(富山店)を使いこなすことに関してはそこそこのレベルにあると思う(なんの自慢だ)
みんな殆ど使っていないだろうけど、WEBからの取り置き依頼は結構な頻度で使っている。
どこにどのジャンルが置いてあるかもよくわかっているし、店員さんが押したい本をよーく眺めて、いいおすすめがあったら買ってみようといつも思いながらぼやぼや歩いている。
俺が好きな紀伊国屋に、少しでも長く続いて欲しい。
東京のメガ書店を見てしまうと、確かに品揃えで見劣りする所もあって、専門書なんかでは不足を感じる事もある。
だが、それがどうしたっていうんだ。
俺は俺の富山に住んでいるんだからメガ書店はありません。当たり前の事だ。
メガ書店がなきゃ嫌なら自分がメガ書店に近づけばいいだけのことだ。
ここまで書いて、今の紀伊国屋のスケールは、専門書を読む学者学生も児童書を読む子どもも新書に群がる人もビジネス書に悩む社会人も、全体的に近くに感じるからいいんだなと思った。専門書館は専門書館の魅力があるが、横にいる人はみんな専門家だもんな。
次世代に何かを残すのならば、僕の好きな場所や僕の好きな生活を残したい。
それを次世代がどう感じるかはさておき、
今君が生きるこの界隈を僕は気に入っているんだよと伝えたい。
僕の購入額なんてたいしたことはないけれど、
是非是非頑張って紀伊國屋で有り続けてくださいと気持を伝えていきたいけど、まあ適当に無理なく応援していきたい。
だって、夕日に染まる立山を眺めながら、
さっき紀伊国屋で買った本をぼんやりひらいて、
メッツゲライのソーセージをほおばってうまいビールで流しこむのはここでしか出来ない。
俺は俺のまちを使い続けていきたい。
まちを使うというのはなかなか難しい。
まちはどうやら「最新」でも「最安」でもなくなりつつある。
通勤通学、日々の食材や日用雑貨の買出しは毎日の関心事。
服はどうしよう。ユニクロ?無印?それともブランドもの?
土曜日にはちょっとした外食もするし、映画も見たい。DVDを借りようか。
コーヒーを飲みながらの読書も良い。スタバの店員はいつも気持ちが良い。
携帯電話を買い換えないと。寒い冬、暖房機器も選びたい。
今日は少し良いお酒を飲みたいな。帰り道にはラーメンも食べたい。
とはいえお金を使ってばかりじゃなくて、のんびり散歩も楽しみたいし、
運動不足解消にランニングでもしようか。
色々とやりたいことは多いけれど果たして俺は、
やりたいことが続けられるような、やりたいことを提供してくれる人たちを、大切に出来ているだろうか。
そりゃ、千円でも百円でも安い方が嬉しい。
でも普段から行ける場所に手が届くものがあるのは、生活を豊かにしてくれる大事な要素だと思う。
そんなことを考えつつ、通販サイトを見てしまうのが業であるよ。
K-rの写真はやっぱりQ10より綺麗で、魅力にあらためて気づくねえ。
使い続けよう。